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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

馬場用水〈中津川市下野〉

 享保11年(1726年)のことです。
 安保又左衛門という人が、福岡の馬場という所へ分家して、引っ越して来ました。
 せっかく広々とした所なのに、水がないので田圃ができません。畑しかないので、このあたりのお百姓はみんな貧乏でした。
 又左衛門は遠くの川から用水を作って水を引こうと考えました。村の人達と相談して、その事をお役所へ訴えて出ました。けれどもお役人は「そんな馬鹿な事が出来るわけがない。」といって、取り上げてくれません。
 それでも又左衛門はあきらめきれず、自分の力で用水を引こうと考えました。夜火をともして高さを計り、昼は家族や雇い人たちを使って用水を掘り進めました。みんな疲れ果ててしまいましたが、五年たって、やっと用水が引けました。みんなは躍り上がって喜び、早速お祝いのご馳走を作って準備しました。又左衛門はこの事をお殿様にも話して喜んで貰おうと、お役所へ届け出ました。
 お役人は話を聞くと、反対に叱りつけ「たとえ自分の土地であっても、勝手なことをしてはいけない。死刑にする。」と言いました。
 「田圃が出来るようになれば百姓達が喜びます。お殿様のためにもなります。」と又左衛門は大声で言いましたが、聞いてはもらえませんでした。
 これを聞いて女中のおびくは「こんなひどい仕打ちはあるものか。私は呪ってやる。」と、自分の胸を短刀で突いて死にました。その幽霊が毎晩出ましたが、地蔵様をたてて供養したら、出なくなったといいます。


【解説】
 安保又左衛門頌徳碑が昭和38年11月28日に建立されて、又左衛門の偉業をつたえている。
 用水にまつわる、この種類の話は全国各地に数多く残されている。
 馬場という地名は良くあるが、武士たちが乗馬の練習をするような広々とした所なので馬場と呼ばれていた。