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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

さんやさま〈中津川市加子母〉

 旧暦の7月23日は三夜講の夜が行われる晩でした。お供え物の団子や粟焼、酒などを持って、二渡の奥さん連中が、日が沈むころから集まって来ました。赤ん坊を背負った人もいましたし、子供を連れてきた人もいました。滝の下のお婆さんが中心になって、念仏を唱え始めました。
 “なむあみだ〜仏、なむあみだ”
 お堂の中は開け放っておりましたが、少し暑くなりました。
 念仏が終わると、雑談になりました。みんな、これが楽しみで集まって来たのです。ひとしきり話に花が咲きました。そうして話がとだえると、又お念仏になりました。
 「お月さまが出たよう。」
 外で遊んでいた子供たちが教えてくれました。立って東の方を見ると、今しも月が東の山から上ったところでした。
 「さあさ、もう一度お念仏を唱えて、お供えを配りましょう。」
 滝の下のお婆さまが仰いました。みんな座って念仏を唱えました。最後とあって、声も大きく、よくそろいました。終ると団子と粟焼をみんなに配って食べながら話をしました。
 月待供養は毎月でなく、この地方では旧暦の7月に行われるのが普通でしたが、一般的には、5、8、10、11月などに行うところも多かったようです。
 月待の本尊は月天子で勢至菩薩の化身といわれますが、この他、大日如来、阿弥陀如来、聖観音、地蔵菩薩などを刻んだものもあります。いずれも延命長寿、無事息災を祈願したものです。


【解説】
 二渡の観音堂の前にある供養塔は図像を刻んだもので、東濃地方には極めて珍しく、貴重なものです。お立ち待ち日清、日露戦争で無事に帰って来るように祈られましたが、これは年中行事です。粟焼は粟餅を搗いて、中に餡を入れ、小判形に作って焼いたものです。