HOME > ひがしみの昔話 >

ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

不動滝〈中津川市付知町〉

 昔むかしのことです。京都で保元の乱、平治の乱という2度の戦争があって、負けた方の武士たちが大勢逃げて来て、付知峡の奥に住み着いて農民になりました。お寺も建てられて、都で天皇陛下につかえたことがあるというお坊さまで、智澄和尚という偉い方をお迎えしました。33歳のときでありました。
 この智澄和尚が74歳になられたある夜のことです。
 「和尚さん。馬が病気になったから来てください」と、呼ぶ者があります。
 智澄和尚は馬や牛のお医者さんもできたのです。「ハイ。それでは診てさしあげましょう」和尚さんはいつものように、案内の男の後ろについてお寺を出て行きました。暗い夜道でした。2人が隠れ岩の横を通り抜けると、岩の蔭に隠れていた1人の男が、いきなり和尚さんの背中を刀で切りつけました。「ワッ」と、のぞける和尚さんを、前に立って案内していた男が、隠し持っていた刀で刺し殺してしまいました。
 2人は和尚さんを殺すと、お寺へ行って、和尚さんが大切に持っていた金銀や宝物を盗んで山分けし、死体を川の中へ投げ込みました。
 「精あらば、川上へ流れよ」と、1人の男が言ったところ、不思議や死体が生きているように川上に上って行き、滝壺でいつまでも渦巻いていました。驚いた2人は、「この事は見ない、聞かない、言わない」と、約束して別々に逃げて行 きましたが、2人とも和尚さんの呪いで、次々と不幸に見舞われ、家族も死に絶えてしまいました。


【解説】
 死体を投げ込んだところは井戸平橋。その500メートル程上流に村人たちが、智澄和尚の冥福を祈って不動明王を祭った。
 目の神様として人々の尊崇を集めたが、最近では進学、就職を祈願する参拝者も多い。不動滝は更に100メートル程上流にあり、別名「袈裟よどみの滝」とも言う。