HOME > ひがしみの昔話 >

ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

文覚上人〈中津川市加子母〉

 理絵さんは高校生です。おじいさんに ついて、8月14日の夜中に文覚上人のお墓にお参りに来ました。外にも数10人もの人が来ていました。
 お墓には真っ白で、背中に黒い筋のあるなめくじが、いく匹も這っています。
 「変ななめくじね。どうしてなめくじがでるの」と、理絵さんが聞くと、おじいさんがそのわけを教えてくれました。
 「この文覚上人というお方は、若い頃は遠藤盛遠という武士だったのじゃ。それが友達の奥さんを好きになってしまわれた。その奥さんは名前を袈裟といってな。大変に美しい人じゃったのさ。どうしてもあなたと結婚したいと言い寄ると、袈裟は仕方なく、「そんなにおっしゃるのなら、わたしの夫を殺してくれたら、結婚しましょう」と答えたのじゃよ。
 そこで盛遠は天に昇るようなうれしさで、約束の夜に袈裟の家へと忍び込んだ。言われた通りの部屋に布団が敷いてあり、寝ている人があったので、盛遠が刀を抜いて切りつけると、なんと、甲高い女の叫び声があがった。抱き起こしてみると、盛遠が切ったのは袈裟だったのさ。袈裟は自分の夫と別れて盛遠と結婚するのがいやだったので、わざと盛遠に自分を切らせたのじゃよ。 盛遠は自分が悪かったことを反省してお坊さんになった。文覚上人と呼ばれ、罪のつぐないに日本中を回る修業の旅を続けられ、その途中で亡くなられた。
 あのなめくじはな、袈裟の生まれ変わりで、背中の黒い筋は切られたときの刀傷だそうな。袈裟はなめくじになって、「罪を許してあげる」と言っているのじゃよ。
 明日の朝に来てごらん。なめくじは一匹残らずいなくなっているのじゃから…」


【解説】
 加子母の小郷にある文覚上人の墓は、弟子の明恵上人によって分骨埋葬されたものだという。旧暦7月9日は仏教でいう「9万9千日」で、この日の夜「なめくじ祭」が行われる。
 「なめくじ観察記録」によると出現数は年によって異なるが、昭和55年には実に110匹を数えたという。昨年から同村の明治座にて、市川團十郎が監修を勤める創作歌舞伎「袈裟と盛遠」が上演されている。