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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

二十三夜様〈中津川市手賀野〉

 手賀野公園に二十三夜塔があります。これは二十三夜の月が出るまで、立っていて願を掛けることで、お立ち待ちともいいます。
 安江かずさんの話、昭和43年採録。
 『どうかこの人を助けてくりょ、てって、死ぬか生きるか、という境にな、願をかけてな、二十二夜様と二十三夜様とがあるがな。二十二夜様は有難いで、その何よ、一代に一ぺんしかかけられん。二十三夜は何度でもかけられる。二十三夜の月はちょっと出が遅いで、やっとう立っとらんならんけど、お月様が出さっせるまでな。晩がた、こ早よう立っとる。それが座るじゃ、座るちゅうと、なんでかで、願が果せれんら、そいで大勢立つわけじゃ。足がだるいもんじゃで、橋のそばい、行きゃ、欄干に凭れるとかな。
 お蚕飼うら、お蚕に桑食わせよって、膝ついて、あ、しまった。まあこりやあかん、せっかく今まで立ったに、なんてっちゃ、知らんうちに、腰かけちまう人があるで、5人立ちで願を掛けりゃ7人か8人くらいは、立たんとなえ。お礼の人を3人ぐらい立たんなんで、そうすると10人ぐらいは立たんならん。
 その衆におみき一杯飲んでむらって、何なり喰ってもらうに、そういうことを、せんならん。
 願をかけることがのうても、信心立ちや、てって、立つ人もあるけどな。そいつは座っても、どうもないわねえ。信心が出来んだけで。本当は二十三夜様の場所に行って立つのだけど、そういう人は行きゃあ、せんわねえ、願いごとがないんだで』


二十三夜塔(中津川市手賀野)
【解説】
 これは明治37年の秋、日露戦争の戦勝と出征軍人の無事を祈願して、鳴海喜蔵、原金十郎が発起人となって、金比羅講中で建てたものである。灯篭も明治37年に建立されたものである。