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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

はだか武兵〈中津川市上金〉

 昔、1年中ふんどし一つのはだかですごす中山道の人足がいました。名前を武兵といって、たくましい体をしていました。
 あるとき須原の神社の拝殿で泊まりましたが、白い髭の老人も泊まりました。いろいろ話をしているうちに、その老人が「実はわしは疫病神だが、わしと兄弟分にならんか。病人のところへお前が来たら、わしは逃げて行くことにするでな」と言いました。武兵は面白いと思って兄弟分の約束をしました。
 2人連れだって中津川へ歩いているうちに、老人の姿が見えなくなりました。人足仲間が病気になったとき、武兵がそばへ行くと、たちまち病気がなおりました。それで「はだか武兵」の話は評判になりました。
 ある大名のお姫様がひどい熱病になって、医者もさじをなげました。そのとき、この武兵の話をするものがいて、早速武兵を呼ぶことにして、いやがる武兵を無理にも駕籠へ押し込んで連れてきました。
 一晩中お姫様と、武兵を一部屋に入れておいたので、家老も心配して部屋の外からじっと中の様子を聞いていましたが、中からは何の音も聞こえてきません。やがて、お寺の鐘の音がゴーン、ゴーンと鳴って、朝になると部屋の中から「ウーン」と、お姫様のうめき声がかすかに聞こえてきました。待ちかねたよう家老が部屋のふすまを開けてみると、お姫様の病気は嘘のようになおっていました。
 家老は大喜びで、「武兵、おてがらじゃ。ほうびは何なりと与えるぞ、望みのものをい言ってみよ」と言いました。すると武兵は、「わしは、ごらんの通りのはだか武兵です。何にもいりません」と言って何ももらわなかったそうです。
 お姫様の行列は武兵のおかげで、10日ぶりに大久手宿を出発して行きました。それで武兵の話は、ますます大評判になりました。


【解説】
 中津川の旭が丘公園に、このはだか武兵が祭ってある。石碑の前に舟形の石があって、この石を年の数だけ叩くと病気にかかららないといわれ、お参りする人がある。
 この話は天保3年から4年(1838年)頃にあった話である。