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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

三之助岩〈恵那市笠置町〉

 ある年の三月、乞食(今のホームレス)の夫婦が、家の形をして屋根のように岩が木曽川の河原にせり出したところに住みつきました。木曽川で魚やうなぎを獲ったり、竹で目かごをあんだり、わらびをとったりして、附近の村人たちと食料を交換して生活する人たちでした。
 風呂桶なんか無いので、河原の大きな凹みで入浴しました。河原で火をたいて中位いの石を焼いては、ざぶんざぶんと凹みに投げ入れます。何度も何度も繰り返すと風呂が沸くのです。これが本当の天然岩風呂です。
 下呂窪栃杭の大下という農家に藤井宮吉さんという、きさくで取りもちの良いお爺さんがいました。家が三之岩に近いので、いつも野菜や味噌を持って行ったりしていました。
 ある日乞食さんの妻が産気づきました。「そりゃあ、どうならんことや」と家から布団やぼろ(布切れ)を背負って行って産婆をなさったそうです。丈夫な男の子が生まれ、天然の岩風呂で赤ちゃんに産湯を使ってやりました。
 現在ですと産婦さんは早目に入院して沢山のお金が必要なのに、本当に世話のないお産でした。
 乞食さんの奥さんがこの岩屋で宮吉お爺さんの産婆で子供を産んだことが、近在の評判になって、この子に三之助と名前をつけ、岩も三之助岩というようになったようです。
 この親子は、いづれかへ立ち去りましたが、その後も何人もの乞食さんが、この岩の下で一夜の宿を借りては立ち去り、仲々役に立ったようです。


【解説】
 東雲橋の下流三百メートルの区間は岩又岩で、丸太流しにとっては最大の難所である。ちょうろく淵、ろくだん淵は特に難所で、材木を傷つけないように気を使って、三之助岩の部屋を大事な事務所にしていた。この岩は十畳敷ぐらいの部屋を作っている。今はごみがたまっている。