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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

はだか薬師〈恵那市武並町〉

 洞の槙平に、はだか薬師の石像があります。はだか薬師は、宝暦四年(一七五四)、上野洞の組の人たちが、組の繁盛と、旅人の道中安全を祈って建てたものといわれ、お堂がなく、野天に立っていることから、はだか薬師と呼ばれるようになったと伝えられています。
 ある夏の暑い日、ここを旅人の一団が通りかかりました。ここまで来ると、突然、この中の一人が、
「痛い、痛い」と、腹を押さえて苦しみ出しました。苦しみがひどく、からだを折り曲げてもだえるので、どうにも手がつけられません。仲間のものも困り果てて、どうしたものじゃろうと、腕を組んで考え込む始末でした。
 ふと見ると、道路わきに薬師があります。とにかく薬師さまにお祈りしてみようということになって、みんなが手を合わせて一生懸命拝みました。すると、ふしぎなことに、いつのまにか腹痛はなおってしまいました。
 「お薬師さま、ありがとうございました」
 みんなは心から薬師に礼をいって、また元気に旅を続けていきました。
 このことが、いつのまにか大評判になりました。江戸へ行っても「わしは岩村藩の領内のもんじゃ」というと、「そんなら、はだか薬師のことを知ってなさるか」と聞かれたものだといいます。
 のぼりくだりの旅人たちは、ここを通るときには、必ずはだか薬師を拝んで、道中安全と無病息災を祈って、また旅を続けたということです。


【解説】
 昔は、竹折の落瀬から伊勢へ行く道が分かれていた。これを下街道といって、かなりの人通りがあった。
 下街道は、川原田から竹折川の南岸を通って洞の槙平から宿へ出たという。
薬師如来=人々の病患を救うとともに悟りに導くことを誓った仏。古来、医薬の仏として信仰される。