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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

おぐろへび〈恵那市中野方町〉

 文化10年6月のことです。お代官様からお触れ書が回って来ました。
「おぐろへび(からすへび)を捕まえて、御医師玄沢のところへ届けてもらいたい」と書いてありました。
庄屋次右衛門はいつもの通り書きとめ帳に写しとり、次の切井村へ回しました。
玄沢というのは苗木藩おかかえの医者で、きっとからすへびを薬にするのでしょう。次右衛門は自分の村、中野方村全部のお百姓に言いつぎで、からすへびを捕らえて玄沢のところへ持っていくようにお触れを出しました。
 今のようにコピーをとったり、印刷したりするわけにはいきませんので、すべて自分で書き写さなければなりません。
 忙しい野良仕事に追われて、忘れるともなく忘れていると7月8日にまたしてもお触れが回って来ました。
 「おぐろへびの件について、毎日寄り合って探せとまでは言わないが、田畑に出たときや、草刈りに出たとき、随分と気を付けて見つけてくれるように」という内容です。
 庄屋次右衛門は書き留め帳にきちんと書き写すと、翌日9日、触れ状を切井村へ送りました。
次右衛門は中野方村のすべての百姓に言い継ぎで、もう一度からすへびを捕らえて玄沢の所へ持って行くように回しました。
 お百姓たちは仕事の途中で、からすへびを捕らえようと気つけていましたが、結局は一匹も捕らえられませんでした。よその村で捕らえて届けられたようです。
 この書留帳は襖の下張にしてありました。


【解説】
 代官植松清作の管轄する村々は中野方村、切井村、紅河村、犬地村、上田村、福地村、汐見村、峯村、下立村、飯地村、河合村、姫栗村、毛呂窪村の13カ村でありました。
 襖の下張りにされた古文献から、当時の生活を知る重要なものがよく出てきます。