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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

染戸の雨ごい〈恵那市東野〉

 今から350年ぐらい前の話じゃ。
 正保4年(1647)は日照りの続いた年で、大根、白菜をはじめ野菜の類はほとんど枯れて、畑には砂ぼこりが立つほどじゃった。また、沼地のような田んぼもパンパンに乾いて、草履で歩けるような有り様で、米は一粒も取れなんだ。
 百姓は困ってしまってな。いろいろな神様に雨ごいをした。そいでも何の効き目もなく次の年も、またその次の年も日照りが続いた。
 それから10年ほどたった万治元年(1658)には、今度は大雨が降って洪水になった。多くの田んぼが川になった。それを治すひまもなく、万治3年には台風が来た。その時は死んだ人 もおったそうじゃ。
 どこぞに雨ごい、雨止みのええ神様はおられんものか。百姓たちはみんなで手分けして尋ねて歩いた。そうしておるうちに、権十さが大井の宿場で旅人から聞いた話で、京都の鞍馬にある貴船神社という霊験あらたかな神様があるということで、さあその神様を誰が代表で行って迎えて来ようということになった。
 そうしたら何と代表で行く希望者が30人も出来た。もちろん費用は全部自分もちだが、みんな真剣だったわけじゃ。出発の日には村中そう出で大井宿まで見送りに出たし、10日ほどして帰ってくるときも、大井宿まで出迎えた。
さて、この貴船神社をお迎えしてからというものは、明和7年(1770)とその翌年にひどい日照りが続いたが、雨ごいのお祈りをしたら、わき水が2倍も3倍も出て、その水で田畑をうるおし、作物が枯れることはなかったという話じゃ。


【解説】
貴船神社=祭神はクラオカミの神。創建は678年ころ。古くから祈雨、止雨の神として知られる。
明治9年(1876)山本用水ができ、昭和54年(1979)改良工事も完成して、水路を流れる水の量も多くなり、雨ごいの祈りも行われなくなった。