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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

山の神さま〈恵那市山岡町原〉

 むかし、原は小さな村で、人々は貧しいけれど、互いに助け合い幸せに暮らし、きのこ取り、栗拾い、山芋掘り、薪拾い、炭焼きなど、いつも山の恵みを受けていました。
 村はずれから山へ登る細い道の脇に、山の神さまが祀られていて、村の人々はその前を通るたびに、「山の神さま、どうか山の幸をお与え下さい」と、拝んで山へ入りました。
 帰りには又、「有難うございました。今日はこんなに収穫がありました」と、礼を言い、少しお供えして帰るのでした。
 ある年夏から秋にかけて、雨が一滴も降りません。「これでは田畑の作物が全部枯れてしまう」と、名主の家へ集まって相談しましたが、何の手立てもなく、神仏に雨乞いをすることにしました。一日中お祈りをして、三日目の夜から雨が降り出し、四日間降り続きました。「堤がきれるぞー。みんな山へ登れ」あまりの雨に見回りをしていた者たちが、村人たちをせきたてて、山へ登りました。
 山の上で全員が揃った頃には、もうあたりは薄暗くなっていました。人々が肩を寄せ合って、心細い一夜を過ごすうちに、いつの間にか雨は止んでいました。
 夜明けを待って山を下りてきた村人たちは、そこに山の神さまの石塔がなくなっているのを見て驚きました。朝霧が晴れていく中に、家も田も元のまま無事なのを見て大喜びでした。ふと、見上げると堤の上に、山の神さまの石塔が一層大きく、どっしりと座って居られるようでした。
 山の神さまが、水害から村を救ってくださったのです


山岡町原の所々に今も残る石塔
【解説】
山の神=田の神を兼ねる。農家では旧暦の春は田の神迎え、秋は田の神送りの行事をする。その行事を「山の講」という。山の神は大変な醜女だそうで、山の講は女人禁制である。昔はおこぜを供えたという。それを見て山の神が「私はこれほどみにくくはない」と喜ばれるからである。