HOME > ひがしみの昔話 >

ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

自遁〈恵那市串原木根〉

 自遁というのは、自分から世の中から身を隠すことです。
 玉泉寺の和尚様は、ある朝、顔を洗ってからハッとしました。軽い咳が出て、痰を手に受けてみると赤い血が混じっていたのです。
 「これは肺病であるに違いない」
 今でこそ肺病、つまり結核は薬でなおるようになりましたが、昔はこの病気にかかれば死ぬと決まっていました。しかも恐ろしい伝染病で、空気伝染します。
 「檀家の衆にてうつしてはならない」
 和尚様は本山に手紙を書きました。次にその手紙と、色々今まで書いたものを外に出して、日光に当てて消毒しました。
 手拭いで、鼻と口をおおって後ろでしばると、二、三の檀家を訪れて訳を話し、山へ登っていきました。
 作兵衛さんは自分の小屋に、人が住んでいると聞いて、にぎりめしを作って持って行きました。
 「和尚様。こんなところでは何かと不自由でしょう。家へ来て下さればいいに」と言いますと和尚様は、あわてて手拭いで鼻と口をおおい、「私は肺病なので自遁してきたのです。この小屋にも迷惑を掛けますが、どうぞここに住まわせて下さい」と言いました。
 作兵衛は鍋や味噌、米などを運んで和尚様が自炊できるようにし、床には藁を敷いて寝られるようにしました。 
 作兵衛以外の村人たちも食べ物や炭などを持って来ました。こうして一年ほど後に、和尚様の読経が聞こえない朝、行ってみると死んでおられました。村人たちは手厚く葬って、石塔を建てました。


【解説】
上矢作町の玉泉寺二世求峰祖的和尚。禅宗では自分の師匠を一世とする習わしがあるので、開山は在天三龍大和尚となっているが、事実上の開山は求峰和尚。在山一四年。元禄一五年に自遁した。串原村木根の旧颪道の道脇に村人たちが立てた墓石がある。