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ひがしみの昔話

ひがしみの昔話

ははきぎ〈恵那市上矢作町〉

 上矢作町飯田洞の奥にそれはそれは大きなヒノキがありました。近くで見えませんが、遠くからだと、まるで箒のような姿をしているので、ホウキ木(ハハキギ)と呼ばれていました。その影は朝日が出る頃は伊勢湾までとどき、夕暮れは長野県の阿智村までとどいたということです。
 京都の御所を建て替えるために、この木を切れと殿様から命令が出されました。土地の人々は祟りがあるからと反対しましたが、殿様の命令には逆らえません。大勢の木挽きたちが一斉の仕事にかかりましたが、夕暮れになってもほんの少ししか切れません。続きは明日にしようと、その晩はみんな帰りました。
 そうして、次の朝着てみると、ハハキギは元通りになっていて、どこにも昨日切った傷跡はありません。幾日切っても同じことでした。いつも翌朝になると元通りになっていました。
 そこで、木挽きたちは考えて、夕方仕事が終わると、切りくずを全部燃やしてから帰りました。すると、翌朝は昨日の切り傷がちゃんとついていました。その続きを切って、とうとうさしもの大きなハハキギも、ズシンと地震のような音を立てて切り倒されました。こうして御所の用材となったハハキギは、大勢の人々で、まるでアリが物を運ぶようにして運ばれていきました。
 しかし、このハハキギを切り倒した木挽きの人たちや後に残ったアカシ(あかりに使う木の部分)をもって行った人たちは、ひどい罰が当たったと言われています。ハハキギの大きな切り株は、今も上矢作町に残っています。


【解説】
 「ハハキギ」と伝えられる切り株は、現在も町内の上村恵那国有林中に残っています。表面はコケに覆われていますが、コケをはがしてみるとシンに近い部分だけ残っているためか、樹脂が良く回ったいわゆる「あかし」だけになっています。
 なお、切り株のあるところは「掃木沢山1365m」や掃木谷と言う地名になっています。