川原のお紅〈中津川市駒場〉

 

昔、水神様をまつった祠のそばに大きな杉の木があって、杉の木の根方に洞穴があって、そこに年をとった狐が住んでいました。その狐は紅をつけたり、白粉を塗ることが好きだったので、人々は「お紅さま」と呼んで、水神様のお使いだと思っていました。
ある寒い夜のこと、太平さんという人がそこを通りかかると、若い娘が足を引きづるようにして歩いているのに出合いました。
「道に迷って困っています。どうか1晩泊めて下さい」と娘が言うので、太平さんはかわいそうに思って、ついて来るようにいいました。
「あっ、草履の緒が切れました。少し待って下さい」と、しばらくして娘が言うので、振り返ってみると、娘の口は耳元まで裂け、目はらんらんとして、大きな古狐になっていました。太平さんは恐ろしくて、声も出せませんでした。
 次の日になって、太平さんがいなくなったというので、近所の人々が心当たりを捜しましたが、太平さんはどこにもいません。そのうちに、太平さんはお紅さまに連れ去られたらしいと、わかって、みんなは、鍬や鎌を持って、大杉の下へ集まりました。
「太平さんは返すし、私もここから出て行く。どうか命だけは助けておくれ」お紅さまがたのむので、ひどい目に合わせてやろうと、集まった村人たちも、かわいそうに思って、許してやることにしました。
 お紅さまを捕らえることをやめて、馬を1頭恵んでやりました。お紅さまは大喜びで、馬にまたがって、村から出て行ったということです。

 
 

【解説】

中津川市駒場の話である。狐はお稲荷さんなど、よく神のお使わしめとして働くことが多い。ところがこの話のように、お使わしめと思っていたら、そうではなかったという例もある。
誘拐などしなければ、平安に一生を送ることができたものを、馬鹿なことをしたものである。