狐膏薬〈中津川市落合〉

 

 落合宿の飛脚仲間に一人の若者がおりました。人に好かれ仕事は真面目だったので大変人気がありました。
 しかし、若者によからぬ噂が立ちました。「あの飛脚は人間じゃないぞ」。「あぶらあげが好きだから、きっと狐が化けているんだ」と。
 若者を妬んでいる男たちが、朝早くから観音様へ来て、鼠のテンプラを供え、後ろの茂みに隠れました。若者は今日も元気に、足取りも軽く、十曲峠の坂道を登って来ました。
 若者は思わず足をとめました。どこからかいい匂いがして来ます。あたりを見回すと、観音様にテンプラが供えてあります。あたりに人気のないのを確かめて、テンプラに手をかけ、食べだしました。最後の一つに手をかけたとき、茂みから男たちが踊り出ました。若者を取りおさえ「この狐野郎」とどなりながら袋叩きにしてしまいました。若者はぐったりとし、目の前が暗くなり、意識を失う耳もとに「おうおう、可愛そうに狐じゃないか、こんなに怪我をして」と徳さんの声がします。
 徳さんは狐を背負って帰り、懇ろに怪我の治療をしてやり「もう人間なんかに化けるんではないよ」と、諭して帰してやりました。
 そのうちに徳さんは、助けた狐のことなど忘れてしまいました。
 ある日、徳さんの家にこの間の狐が訪ねてきました。傷はもうすっかりなおっていました。狐は徳さんに、この間のお礼を言って、膏薬の作り方を教えました。その後徳さんは、山中薬師へ登る道に”狐膏薬”と看板を出し膏薬を売りました。傷に良く効くので大層繁盛したそうです。

 
 

【解説】

 この話は、今から約三百年ほど前のこと、大久手の松崎家の先祖が十曲峠(滝場から山中薬師に行く坂道)の途中で”狐膏薬”を売っていたと言い伝えられている。そのいわれがこの伝説となっている。