桃太郎のこぶ〈恵那市武並町〉

 

 鬼が島から帰って来た桃太郎は、親類のばばさまのところへ遊びに行きました。
「早よ上がって、鬼が島の話を聞かしてくりょ。」とばばさまは手を取って桃太郎を、上へ引っぱり上げました。
 桃太郎が鬼が島の話をしていますと、ばばさまは「鬼はどんな顔しとったよ。」と聞いてきました。
 「どんな顔じゃちったって、ちょっと説明ができんなも」
 「ふーん。そんならこんな顔じゃったか」
 ばばさまは見る見るうちに、口が耳まで裂け、目はつり上がって、ぎらぎらと光りだし、白髪頭からは、にょきにょきと角が生えて、たちまち鬼の顔になってしまいました。
 「がお」と、大声で叫ぶと、大きな口を一杯に広げて、桃太郎の頭に噛みつきそうにしました。桃太郎ははだしのまま表へ飛び出し、田といわず畑といわず、ただ一生懸命に逃げました。ばばさまの鬼はどこまでも追って来ました。
 桃太郎はどこをどう走ったか、まったく無我夢中でした。気がつくと大井の武並神社へ来ていました。ばばさまの鬼はまだ追って来ます。しかたなしに、桃太郎は杉の木に登りました。
 ばさまの鬼はその木の下にじっとして、桃太郎が降りてくるのを待っております。
 ばばさまの鬼はいつまで経っても帰って行こうとはしません。
 それから長いあいだが経ちました。木に登っていた桃太郎は、いつの間にか木のコブになってしまったそうです。

 
 

【解説】

 武並神社の拝殿の南側に、杉の古木があり、その木にコブがついていた。このコブを『桃太郎のコブ』といっていた。けれどもその杉の古木は、昭和34年9月26日、中部地方を吹き荒れた伊勢湾台風の際、なぎ倒されて今はない。