おんちょろ〈恵那市東野〉

 

 山の中の一軒家に婆様が一人で住んでいました。
 ある日の夕方、若い坊様が「一晩泊めて下され」と頼みました。婆様は気持ちよく引き受け、ご馳走しました。
 「今日は実は爺様の四九日じゃが、こんな山奥へは誰も来てくれん。一つお経を読んでおくれんかなも」と、婆様が頼みました。
 ところが、この坊様はお経というものを一つも読んだことがありません。仕方なく仏壇の前に坐ると、鐘を一つ叩きました。
 すると鼠が一匹出て来ました。
 「おんちょろちょろ、出て来られ候」と、お経のように大声で言いました。
 今度は鼠が、出て来た穴をのぞき込みました。
 「おんちょろちょろ、穴のぞき」と、大声で言いました。
 その後で鼠が「ちゅう、ちゅう」と鳴きました。
 「おんちょろちょろ、何やらささやき申され候」と坊様が言うと、鼠は逃げていきました。
 「おんちょろちょろ、出ていかれ候」
 坊様が帰った後、婆様は毎晩このお経を唱えていました。
 ある晩、泥棒が入りました。
 「おんちょろちょろ、出てこられ候」婆様が言いますと、泥棒は驚いて節穴からのぞきました。
 「おんちょろちょろ、穴のぞき」
 「俺が穴から覗いていること知っているものとみえる」と、ひとりごとを言いました。
 「おんちょろちょろ、何やらささやき申され候」
泥棒は益々驚いて帰ろうとすると、
 「おんちょろちょろ、出ていかれ候」
 泥棒は腰がぬけるほどびっくりして、大あわてで逃げて行ってしまいました。

 
 

【解説】

 経文を知らない若い僧が、鼠の行動をそのまま経文にして唱えたものが、泥棒の行動に一致して婆様が救われる。この種の昔話こそが本当の昔話といえよう。ただ一定の字数に縮めるのに苦労しました。原文の味が失われないか心配である。