田畑の槍〈中津川市川上〉

 

 南北朝時代といって、都の朝廷が二つに分かれて争っていたころの話です。
 川上村の御所根というところに仙洞源四郎という南朝方の落武者が逃げてきて、家来と二人で隠れるように暮らしていました。
 ある日、源四郎と家来があわてた様子で田畑という集落まで駆けてくると、近くにあった民家にとびこんでこう言いました。
 「敵に追われている。このあたりの山の中によい隠れ場所があったら教えてくれないか」
 臆病者のあるじは人里離れた鈴根谷の奥に洞窟があったことを思いだして、源四郎に教えてやりました。
 「そのようなところなら安心じゃ。よくぞ教えてくれた。だが敵に知られては何にもならん。その場所のことを決して他言してはならんぞ、よいか」
 源四郎はくどいほど念をおし、約束の印にと一本の槍をあるじに与えました。
 ところが、ほうびに味をしめたのか、元来いいかげんな性分なのか、あるじは敵の追手に礼金をつかまされて、隠れ場所を教えてしまいました。
 おかげで鈴根谷一帯は敵の軍勢にとり囲まれ、蟻のはいでる隙間もないほどになってしまいました。
 「おのれ、金で私を売り渡したな」
と、源四郎はくやしがりましたが、もうどうにもなりません。敵と斬りむすびながら構谷から勝負平まで逃れたところで、とうとう討ち殺されてしまいました。
 その後、あるじの家には不幸が続き、ついには家もほろんでしまいました。

 
 

【解説】

 村の衆は、これは約束を破ったことへの槍のたたりに違いない、とおびえてしまい、勝負平にほこらを建てて、仙洞主従の供養を始めた。それが松平神社だそうだ。この家には、のちに他国から来た人が移り住み、紙屋家とよばれているが、今でも槍の刀身だけはそこに伝わっているという。