垂洞のしだれもみ〈中津川市付知町学園〉

 

 昔々、徳本上人という偉いお坊様が江戸から木曽の神坂をこえて、中山道の中津川を通って、付知の村へやって来られました。このお坊様の教えは簡単でした。
 ただ「なむあみだ仏」と唱えれば、だれでも幸せになれるというものでしたから、いつも大勢の人々が徳本上人のところへ集まって来ました。
 「私は鳥やけものを殺して生活をしています。こんな罪深い者でも助けてもらえるでしょうか」 
 「大丈夫。ただ、なむあみだ仏におすがりれすれば助けてもらえます」
 みんなで大きな大きな数珠をこしらえて、なみあみだ仏を唱えながら、数珠をくりました。やがて徳本上人は「南無阿弥陀仏」と刻み込んだ大きな石碑を記念に作られると、「私はもっともっと多くの人たちにこのありがたい教えを広めたいのです」 そういって村から出て行かれました。
 越原を通って下呂から飛騨路へ行きなさることになり、越道峠にさしかかりました。この峠はたいへんな坂道で、上人様はもみの木の枝を杖にして、ヨッコラドッコイショと、汗だくだくで登って行かれました。
 やっと峠の頂上に着くと上人様は一休みされ、そこで杖にしていたもみ木の枝を、地面に指して行かれました。
 それから何年かたつと、ふしぎなことに、もみの木の杖がどんどんのびて、大きな木になりました。上人様が上下反対に差して行かれたので、このもみの木の枝はみんな下向きに出ています。村人たちは上人様のお守りの木だとして、しだれもみと呼んで、今も大切にしています。

 
 

【解説】

 垂洞は越道峠の周辺を言います。ここに幹が2つに分かれた高さ16メートルほどもある大きなもみの木があります。枝が下へ向かって垂れ下がり、しだれ桜に似ています。
 昭和12年12月、衆議院議員牧野彦太郎の尽力により、国の天然記念物として指定されました。このもみの木は2代目だと言われています。